進化し続ける表現力、無垢と妖艶さが共存する役者 池脇千鶴の5つの才能【映画ライターが分析】
#池脇千鶴映画ライターのSYOと申します。日本のドラマ・映画界に欠かせない俳優さんの「5つの魅力」を分析する本企画、第20回は池脇千鶴さんについて書かせていただきます。
9年ぶりの主演ドラマ『その女、ジルバ』では1人2役を見事にこなし、改めて演技力の高さを見せつけた池脇千鶴さん(2つの職場で表情も変わるため、3役といえるかもしれません)。現在放送中の本作は、Twitterのトレンド入りを果たすなど、人気を集めています。
1997年から芸能活動を行っている池脇千鶴さんですが、その存在感はますます増すばかり。ドラマはもちろん、数々の賞に輝き、多くの人々の心に残る作品に多数出演してきた彼女の魅力を、映画を中心に考えていきたいと思います。
引用: FOD
目次
1 常に流動的! 進化し続ける「表現力」
俳優さんの多くは、名前を聞けば「こういう人」とイメージが浮かぶと思います。ただこと池脇千鶴さんにおいては、これがかなりばらける印象です。というのも彼女は、作品によってタイプがまったく異なる人物を演じてきたから。
たとえば映画『ジョゼと虎と魚たち』と映画『凶悪』、どちらを先に観たかで「役者・池脇千鶴」へのイメージは全く異なるでしょうし、映画『そこのみにて光輝く』や映画『半世界』等々、新たな作品に出演するたびに、常に「定義」が更新されていく人であると感じます。つまり、池脇千鶴さんは現在地に「留まらない」役者といえるでしょう。
もちろん、役の振れ幅が広い役者さんはたくさんいらっしゃいますが、池脇千鶴さんの場合は、どの役も濃い。仮に出演時間が短くても、必ずといっていいほど観る者をゾクッとさせる異彩を放つ瞬間があります。常に自分が作り上げた役を超えてくるのだから、畏れ入ります。
2 無垢と妖艶の狭間を行き来する、「微妙な均衡」
引用:Amazon
固まらず染まらず、進化し続ける池脇千鶴さん。ここからは、なぜそんなことが可能なのか、あくまで私見ではありますが考えていきたいと思います。
オーディション企画で、名匠・市川準監督に見いだされて芸能界入りした池脇千鶴さん。デビュー初期からNHK連続テレビ小説『ほんまもん』に主演するなど、順調に活動を展開させていった印象ですが、やはり大きいのは2003年の映画『ジョゼと虎と魚たち』でしょう。
彼女が本作で演じたのは、足が不自由な女性・ジョゼ。わがままで口が悪く、意地っ張り。だけれどその奥には深い孤独を抱え、愛情に飢えている。池脇千鶴さんは本作で新たなヒロイン像を確立し、各方面から絶賛されます。無邪気な表情を見せながらも、ベッドシーンにも果敢に挑戦。この「無垢さ」と「妖艶さ」がふるふると震え、どちらに転ぶのかわからない微妙な均衡――。これが池脇千鶴さんの魅力のひとつかと思います。
自分が『ジョゼと虎と魚たち』に出合ったのは高校生でしたが、彼女が作り上げたジョゼという「人間」に、ものすごく衝撃を受けたのを覚えています。子どもと大人、どちらの要素も持つ、それまで観たことのなかった人物……ただの役を通り越し、ゼロ年代の日本映画のアイコンにまで到達しているように感じます。
3 人間の脆さをギリギリまで潜って体現する「捨て身の危うさ」
「無垢と妖艶」のアンビバレントな均衡以外に、映画『ジョゼと虎と魚たち』で池脇千鶴さんが魅せた、2つの特異な個性。それは「危うさ」と「諦念」かと思います。
まずは、「危うさ」について。池脇千鶴さんが演じるキャラクターには、自身のアイデンティティが定まっていなかったり、喪失したりしてしまうものが多い。夫が家庭を顧みず、義母の介護を押し付けられる妻の役をひたひたと静かに生きた『凶悪』、生活苦により、身体を売らざるを得なくなる女性を演じ切った映画『そこのみにて光輝く』など、ダークでシリアスな役どころに、心まで明け渡してしまうような捨て身のアプローチで挑んできました。
「役に入り込む」深度が図抜けている彼女は、観ているこちらが心配になるほどのギリギリのところまで潜り、演じているように感じます。故に、役の輪郭が壊れていくさまが、痛々しくも真に迫っているのです。『凶悪』も『そこのみにて光輝く』も、胸をかきむしられるような繊細ながらすさまじい演技の応酬。未見の方は、ぜひご覧いただければと思います。
映画『怒り』や映画『万引き家族』で彼女が演じたキャラクターは、大きなものではありませんが、脇に人間の脆さを熟知した池脇千鶴さんがいることで、作品の質が何段階も上がります。映画『きみはいい子』での、人の弱さを受け入れ、優しく抱きしめる演技も素晴らしい!
4 誰の心にも巣食う「諦念」を、痛々しくも切実に表現
続いては、「諦念」です。諦念とは、諦(あきら)める気持ちのこと。「自分ってこんなもんだ」とか「世の中ってこうだよね」と(納得はできないけど)屈服してしまう部分って、誰の心にもありますよね。池脇千鶴さんは、そうした痛いところを的確についた演技をしてきます。
稲垣吾郎さん演じる炭焼職人の妻に扮した映画『半世界』では、田舎町でくすぶり、いつしかそれが恒常化してしまった女性の悲哀を一身に引き受け、見事なくたびれ感を見せてくれました(それでいて、夫を助けようと奔走する姿がいじらしい!)。映画『ストロベリーショートケイクス』では、「誰かの特別な存在になり、愛されたい」と願う女性をリアルに表現。映画『指輪をはめたい』では、子どもたちにまで馬鹿にされる人形劇屋台の人をユーモラスに演じました。どの役も根底に「私の人生ってこれくらいのスケールだ」という諦念が染み付いています。
これもやはり、人間のどうしようもなさを的確に演じられる池脇千鶴さんならではの“味”といえるでしょう。ドラマ『その女、ジルバ』の笛吹新も、共通するものがありますよね。しかしこの役に関しては、熟女バーで働き始めることで「自分の限界を決めてはいけない!」というメンタルに変わっていくキャラクター。新たな進化を感じさせます。
5 美しいだけでない、愛に宿る「狂気」をさらけ出す
引用: FOD
弱さ、脆さ、どうしようもなさ――。こうしてみると、池脇千鶴さんは、複雑で不思議な「人間そのもの」としっかり向き合ってきたということがわかってきます。ともすればマイナス面と取られない人間の暗部を受け入れ、間違いも過ちも人の営みとして魅力的に表現できる彼女。これが、多くの人々から愛される理由といえるのではないでしょうか。
その象徴といえるかもしれないのが、不倫や浮気に走ってしまうキャラクターを多く演じていること。映画『スイートリトルライズ』では妻帯者の先輩(演じるのは大森南朋さん)に惹かれていく後輩に扮しました。映画『そこのみにて光輝く』にもその側面はありますし、ドラマ『贖罪』では、姉への嫉妬心から、義兄(姉の夫)を誘惑する妹を怪演しています。
特に『贖罪』での演技は、鳥肌が立つほどに恐ろしい……(黒沢清監督×湊かなえさん原作というタッグも最高です)。人間に対する池脇千鶴さんの優しいまなざしを奪う、あるいは突き抜けてしまうと、こんなにどろりとした狂気が見えてくるのかと、震撼させられました。
間違っている、許されないことだとわかっていながらも、なぜかそちらの方向に向かってしまう。それもまた、人間の性(さが)なのかもしれません。池脇千鶴さんの豊かな演技からは、愛とは見方を変えれば狂気や妄執なのだ、ということが伝わってきます。
まとめ
ドラマ『その女、ジルバ』では優しさのにじむ演技が光りますが、それはこれまでの作品で、池脇千鶴さんが人間の生々しさと真摯に向き合ってきたからこそといえるでしょう。多くのキャラクターと寄り添い、酸いも甘いも嚙み分けてきた彼女だからこそ、その佇まいや眼差しに深みが宿る。この先も、何度も彼女に「人間の真髄」を教えてもらうことになると思います。
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※ページの情報は2021年3月3日時点のものです。最新の配信状況は各サイトにてご確認ください。